原州空港(원주공항) - エリア情報 - 韓国旅行情報

原州空港(원주공항)

16.5 Km    8194     2022-10-05

江原道 横城郡 横城邑 横城路38
+82-1661-2626

江原道横城郡横城邑曲橋里に位置する原州空港は、1975年に開港しました。1993年1月から民間航空の開港を推進し始め、1995年11月に着工して1997年2月に開港し、大韓航空が就航しました。航空機運航回数は年間11万5千回可能であり、年間45万人を収容できます。エプロンにはB737級の航空機1機を駐機でき、駐車場は同時に90台を収容することができます。

驪州黄布帆船(여주 황포돛배)

驪州黄布帆船(여주 황포돛배)

16.8 Km    40816     2024-02-23

キョンギ道ヨジュ市チョンソン洞

驪州黄布帆船(ヨジュ・ファンポドッペ)は、南漢江(ナムハンガン)にある朝鮮時代の運輸手段です。黄布を帆にかけてその風の力で物資を運んでいた船です。今はその黄布帆船を再現して運行しています。江辺遊園地(カンビョンユウォンジ)を出発して神勒寺(シンルクサ)を経て再び江辺遊園地に戻るコースで、1日7回運航しています。

神勒寺(驪州)(신륵사(여주))

17.1 Km    14775     2023-01-18

キョンギ道ヨジュ市シンルクサギル73

「神勒寺(シンルクサ)」は寺の前に南漢江が流れ、広い砂地が広がる美しい寺院です。新羅時代に元暁大師が創建したと伝えられていますが正確な記録はありません。寺には極楽殿をはじめ、神勒寺に現存する建物の中でも最古の祖師堂、レンガを積んだ多層塼塔、高麗末期の碑である大蔵閣記碑などがあり、多くの見どころがあります。特に寺の前に流れる川岸の絶壁に建てられた江月軒は神勒寺の代表的な名所です。南漢江と周辺の景色を一望でき、デートスポットとしても人気です。

文化財情報
1、神勒寺祖師堂(宝物)
2、神勒寺多層石塔(宝物)
3、神勒寺多層塼塔(宝物)
4、神勒寺普済尊者石鐘(宝物)
5、神勒寺普済尊者石鐘碑(宝物)
6、神勒寺大蔵閣記碑(宝物)
7、神勒寺普済尊者石鐘前石燈(宝物)
8、神勒寺極楽宝殿(京畿道有形文化財)

驪州世界生活陶磁館(여주세계생활도자관)

17.5 Km    5009     2021-04-27

京畿道 驪州市 神勒寺キル7

世界生活陶磁館は、10年間京畿世界陶磁ビエンナーレが開催された陶磁専門美術館として4つの展示ホールをもち、芸術作品としての生活陶磁の無限の領域を披露する展示を常設開催しています。

オープン日
2002年3月14日

イルソン南漢江コンド&リゾート(일성남한강콘도&리조트)

イルソン南漢江コンド&リゾート(일성남한강콘도&리조트)

17.7 Km    1964     2021-04-17

京畿道 驪州市 神勒路5
+82-1566-8113

「イルソン南漢江(ナムハンガン)コンド&リゾート」は、歴史の息づかいと伝統の趣が感じられる驪州にあり、昔からから多くの人々の詩心を刺激してきた南漢江の真価を味わうことができるところです。

驪州陶芸団地(여주도예단지)

驪州陶芸団地(여주도예단지)

17.9 Km    6766     2021-07-21

京畿道 驪州市 驪陽路 254

「驪州(ヨジュ)陶芸団地」とは京畿道驪州郡北内面、五鶴里、五今里、峴岩里、川松里、池内里一帯の陶磁器工場密集地のことで、昔よりこの地域では質の良い粘土、白土、高嶺土など、陶磁器の原料が生産されていたため、陶芸家が自然に集まり陶磁器村が形成されました。ここでは陶磁器の生産過程が見学でき、陶磁器が安価で購入できます。毎年陶磁器フェスティバルも開かれています。

横城 豊水院天主教会(豊水院聖堂)(횡성 풍수원천주교회(풍수원성당))

横城 豊水院天主教会(豊水院聖堂)(횡성 풍수원천주교회(풍수원성당))

18.3 Km    10623     2021-07-27

江原道 横城郡 書院面 京江路楡峴1キル30

1801年、辛酉迫害(カトリック教徒を迫害した事件)以降、京畿道龍仁で申太甫(シン・テボ)を中心にした40人余りの信者達が避難場所を求めて住み着いた場所がこの豊水院です。80年以上の間、信者達は聖職者不在のまま信仰生活を続けてきましたが、1888年にフランスの聖職者、ル・メル(Le Merre)を神父として迎え積極的にカトリック教の教えを広めました。1896年には2第主任として韓国人である鄭圭夏(チョン・ギュハ)神父が赴任し、中国人の技術者と共に現在の聖堂を建てました。
1907年に信者達の手によって造られた豊水院は110年以上経った今でも変わらない美しい姿を残しており、ドラマの撮影地として使われたり若い人達のデートコースにもなっています。
豊水院聖堂は韓国人の神父がつくった最初の聖堂であり、江原道では初、韓国では4番目につくられた聖堂で、1982年に江原道有形文化財第69号に指定されました。

豊水院遺物展示館(풍수원유물전시관)

豊水院遺物展示館(풍수원유물전시관)

18.5 Km    0     2023-07-21

カンウォン特別自治道フェンソン郡キョンガンロユヒョン1ギル50

豊水院(プンスウォン)カトリック教会はカトリック迫害を避けて移住した信者たちが中心になってつくられました。豊水院カトリック教会堂は韓国で建てられた4番目の聖堂であり、韓国人神父によって建てられた最初の聖堂でもあります。豊水院本堂は春川、原州、華川、楊口、洪川、横城、平昌、楊平など12市郡の29の公所を管轄していましたが1896年に原州本堂、1920年に春川本堂、1948年に洪川本堂が分割されました。豊水院聖堂は1982年江原道有形文化財に指定されています。豊水院遺物展示館は豊水院聖堂の裏側に位置しており、2階・3展示室で構成された遺物展示館です。カトリック迫害当時、司祭たちがミサを執り行う際に使用した物や昔の人々の生活像を垣間見ることができる遺物約1,000点が展示されています。

原州法泉寺址(원주 법천사지)

原州法泉寺址(원주 법천사지)

18.5 Km    23197     2021-03-09

江原道 原州市 富論面
+82-33-733-1330

* 周囲に数多くの文化財が残る廃寺跡、法泉寺址 *
法泉寺址(ポプチョンサジ)は江原道(カンウォンド)原州市(ウォンジュシ)富論面(プロンミョン)の山の麓にあった法泉寺の跡地です。
1982年11月3日、江原道記念物第48号に指定され、その後の2005年8月31日には国家指定文化財史跡第466号に指定されました。跡地の敷地面積は7万1,338平方メートルほどあります。
寺址には法堂(本堂)などの建造物は現存しておらず、石造物で高麗宣宗2(1085)年に建立された高さ5.54mの法泉寺智光国師玄妙塔碑(国宝第59号)1基と法泉寺址幢竿支柱(江原道文化財資料第20号)、現在景福宮の敷地内にある智光国師玄妙塔(国宝第104号)、このほかにも多くの文化財、破仏などが残されています。
古の時代に法泉寺の境内だったと思われる周辺一帯には民家が立ち並び、大部分は農耕地に変わり、場所によっては村の民家の敷地内に長台石の石築を見ることができます。

創建年代は不明ですが、統一新羅時代に建立され高麗時代に大きく隆盛した寺院で、高麗時代中期の仏教の二大宗派であった法相宗と華厳宗のうち法相宗(唯識宗)系の寺院でした。
特にこの寺は智光国師(チグァンククサ)海麟(ヘリン=984~1070年)が若いときに修学し晩年、入寂したところで、その時が寺の全盛期であったと思われます。
また朝鮮時代初期の学者・泰斎(テジェ)柳方善(ユ・バンソン)が法泉寺で講学したということで、多くの人々が学びを請おうと集まったといわれ、権擥(クォン・ラム)、 韓明澮(ハン・ミョンフェ)、康孝文(カン・ヒョムン)、徐居正(ソ・ゴジョン)などの学者がこの寺に集まり、詩を詠み詩文を残したといわれています。


* 原州法泉寺址智光国師塔碑について *

法泉寺址にあった浮屠塔・智光国師玄妙塔(国宝第104号)は高麗時代の僧侶・智光国師(チグァンククサ)海麟(ヘリン=984~1070年)を称えるため建立されたものです。
智光国師玄妙塔は日帝強占期(1910~1945年)に日本の大阪に知らぬ間に奪われ搬出されましたが、その後返還され、現在はソウルの景福宮(キョンボックン)の敷地内に置かれています。
また、史跡第466号・法泉寺址にあり高麗宣宗2(1085)年に建てられた高さ5.54mの法泉寺智光国師玄妙塔碑(国宝第59号)は高麗時代の石碑として特徴的な様式の傑作で、彫刻もまた精巧なものとなっています。
石碑の台石となっている亀趺(キィブ)は大きな址台石の上に置かれ、下の方には雲の模様が装飾されています。

驪州サルバッチプ(여주쌀밥집)

驪州サルバッチプ(여주쌀밥집)

18.9 Km    26380     2024-02-23

キョンギ道ヨジュ市カンビョンロ126

驪州(ヨジュ)サルバッチプは、驪州市役所の近くにある韓国料理専門店です。驪州で栽培された米で炊いた釜飯と共にたっぷりと出てくる料理で地域の人情が伝わってきます。白飯定食が看板メニューで、サムギョプサル、肉豚炒め、薄切りゆで肉、コプチャンの寄せ鍋、ガンギエイのサムハプなどの多様な料理が味わえます。南漢江を散歩するのにも適しています。