12.0Km 2024-07-25
キョンギ道スウォン市パルダル区チョンジョロ817
+82-31-290-3578
芸術経営支援センターの「2024公演芸術流通」で選ばれた作品で、水原の正祖テーマ公演場で上演されます。済州の巫俗神話を脚色したパンソリドラマで、色鮮やかな紙の花畑でさまざまな楽器とパンソリとの饗宴が繰り広げられます。
12.1Km 2024-01-26
キョンギ道スウォン市パルダル区ヘングンロ44
Netflix『イカゲーム』をはじめ、ドラマやバラエティ番組などの韓国コンテンツによく登場し、世界的に知られるようになったタルゴナ(カルメ焼き)を自分で作って食べることができるところです。砂糖とベーキングソーダを入れたお玉を火にかけ、割り箸で外側から内側に向かってぐるぐるかき混ぜながら溶かし、これをトレーに移してハートや動物、図形、傘など好きな型を押せば出来上がりです。
12.2Km 2024-07-04
キョンギ道スウォン市パルダル区チョンジョロ825
華城行宮(ファソンヘングン)は朝鮮王朝第22代の王・正祖(チョンジョ)が、父親である思悼世子(サドセジャ)の墓がある顕隆園(ヒョルリュンウォン)にお出ましになる際に臨時の居所として利用された場所で、他の行宮(仮宮)よりも規模が大きく、雄壮であったといいます。行宮として利用される頻度も高く、景福宮(キョンボックン)の「副宮」という言葉まで生まれるほどでした。
正祖18年~20年(1794~1796年)に水原華城(スウォンファソン)を築城し、八達山(パルダルサン)の東側に華城行宮を建てました。平時には現在の市庁に当たる留守府(ユスブ)の官庁として利用されていました。水原華城は東に蒼龍門(チャンニョンムン)、西に華西門(ファソムン)、南に八達門、北に長安門(チャンアンムン)の四つの門楼があり、秀でた建築技術により世界文化遺産に登録されているほか、韓国初の新都市開発の事例としても評価されている城郭都市です。
正祖は父に当たる思悼世子(サドセジャ)が米櫃の中で悲劇的な最期を迎え一度は別の場所に埋葬されましたが、その墓を当時、風水地理的に最もよい場所・明堂(ミョンダン)とされていた水原(スウォン=現在の華城[ファソン]市付近)に改葬、陵の近くに暮らしていた住民を八達山の麓の現在の水原の位置へ移住させ、街と城郭を築き上げました。
水原華城での弓矢体験や八達山山頂の孝園(ヒョウォン)の鐘撞き、華城行宮でのさまざまな伝統文化体験など、体験プログラムも充実しており、韓国の文化を身をもって体験できます。この他にも大長今(テジャングム)の衣装試着、願いが叶う木やスタンプツアーなどの体験も可能です。
12.2Km 2024-05-02
キョンギ道スウォン市パルダル区チョンジョロ825
+82-31-290-3612
昼間よりさらに美しさを増す水原華城(スウォンファソン)の月夜、夜にしか出会えない古宮の夜景や物静かな雰囲気が満喫できます。
イベント内容
1. メインプログラム:華城行宮の夜間照明コンテンツ、展示観覧
2. 付帯プログラム:特別夜間文化観光解説「光に沿って古宮散策」
12.2Km 2024-07-04
キョンギ道スウォン市パルダル区チョンジョロ825
華城御車(ファソンオチャ)は、水原華城(スウォンファソン)の観光スポットを巡る観光列車です。朝鮮国王の純宗(スンジョン)が乗っていた車と朝鮮時代の国王の輿をモチーフに制作されました。華城行宮を出発して主要門を通る観光型コースと、練武台(ヨンムデ)を出発して主要軍事施設を巡る循環型で分かれています。ホームページから予約する必要があり、各座席に設置されたオーディオガイドから英語、中国語、日本語でも説明を受けることができます。
12.2Km 2024-08-29
キョンギ道スウォン市パルダル区チョンジョロ825
+82-31-290-3572~3575
世界文化遺産・水原華城の都市、水原で文化遺産との特別な出会いが始まります。
水原華城城内村の小道に沿って夜の光で明るく照らされた文化遺産の門を開けると、夜がもたらす8つの楽しみが体験できます。
12.2Km 2024-07-26
キョンギ道スウォン市チャンアン区チョンジョロ934ボンギル40
+82-31-890-5757
長安門(チャンアンムン)コブク市場セスッマク祭りは、酒を醸して分け合う祭りです。安くておいしい食べ物と長安門コブク市場のマッコリを楽しむことができます。
12.2Km 2020-08-14
京畿道 水原市 八達区 正祖路 910
京畿道(キョンギド)水原市(スウォンシ)八達区(パルダルグ)梅香洞(メヒャンドン)にある蒼龍門(チャンニョンムン)のそばに建つ東北空心墩(トンブクコンシムドン)は、非常時に備え城郭周囲の敵の動きを監視するため造られた望楼で、水原華城の城郭で最初に登場した楼閣です。
1796(正祖20)年、高さ5.42m、周囲38mの規模で完成した東北空心墩でしたが、韓国戦争(1950~1953年・休戦)中に完全に破壊され、1975年になりようやく復元されました。
水原華城には東北空心墩以外にも西北空心墩、南空心墩という楼閣もあります。東北空心墩は軍事的な要衝地であるばかりでなく、水原華城にある建築物のうち、唯一円形をしており、希少価値が高いものとなっています。
巨大な丸い円の形で、内部には韓国語でソラ、日本語で言えばサザエの殻のような形となった螺旋状の煉瓦造りの階段があり最上部まで上がることができます。その形から別名・ソラ閣とも言われています。
最上階まで上がると水原華城全体が大変よく眺められます。