9.6Km 2023-12-07
ソウル特別市ソンドン区ソンス洞2ガ
古い工場地帯や靴工房通りという名で通っていた聖水洞(ソンスドン)ヨンムジャンギルがトレンディなカフェと文化施設が集まった場所として生まれ変わりました。今でも自動車整備工場や印刷工場、ハンドメイドシューズ通りは相変わらず賑わいを見せていますが、騒々しい工場の間にグローバル・フランチャイズの飲食店やセレクトショップのカフェができはじめると聖水洞ならではの独特な雰囲気が漂うようになりました。「大林倉庫(テリムチャンゴ)」は、聖水洞通りを変えた立役者ともいえる店で、現在、カフェ通りのあちこちに建つ倉庫リノベカフェの元祖といえます。ここは古い倉庫の赤レンガ造りと古い看板、広々とした室内空間を活かしてセンスの良いインテリアを加味した上に、ファッションショーや展覧会のための空間として装飾が施されていて、古い聖水洞の建築に新たな可能性をもたらしています。他にも毎日のように新しいカフェやパン屋、レストラン、複合文化施設がオープンし、人々で賑わっています。
9.6Km 2025-08-21
ソウル特別市カンナム区ハクトンロ305-3
チンミ平壌(ピョンヤン)冷麺は、奨忠(チャンチュン)洞で長年キャリアを積んできたシェフイム・セグォンさんのピョンヤン冷麺専門店で、看板メニューはすっきりとしたスープとコシのある麺が味わえる「冷麺」です。他に、一緒に食べると相性抜群の豚肉炒め、餃子、プルゴギなども人気メニューです。行列ができるほどの人気店で、「ミシュランガイドソウル2023」に選ばれていいます。
9.6Km 2025-10-23
ソウル特別市カンナム区アックジョンロ445 ダイアナビル3階
2001年にソウル大学医学部出身の皮膚科専門医が設立したリーダース皮膚科は、現在、20名以上の皮膚科専門医と約150名のスタッフを擁し、韓国国内外に12の拠点を展開しています。
医師たちは、国内外の学会やセミナーで積極的に講演を行うなど、常に技術と知識の向上に努めています。「お客様満足度No.1」を目標に、スタッフとともに整った診療体制のもと、最高レベルの医療サービスを提供することに尽力しています。
9.6Km 2025-12-17
ソウル特別市ヤンチョン区モクトンドンロ167
+82-2-2650-2200
大韓仏教曹渓宗「国際禅センター」は、韓国仏教と伝統文化のグローバル化を目的とした国際的なセンターです。総面積2,110平方メートル(638坪)、延べ面積10,600,34平方メートル(3,206坪)の地上7階・地下3階規模で禅院、テンプルステイ館、大法堂、教育文化館などの施設を取り揃えており、看話禅修業、テンプルステイ禅文化講座、精進料理伝授など韓国伝統文化を体験できるプログラムを運営しています。
都心でのテンプルステイおよびテンプルライフを通じて仏教の伝統修行法を学び、体験できる場所であり、韓国人・外国人のための多彩プログラムを運営が用意されています。寺院体験をしたくても時間に余裕がない現代人、心身を休めたい人々のための開かれた空間となっている他、土曜日に英語で行われるDharma Talkは冥想教室で座禅修行を学ぼうとする人ならだれもが自由に参加することができます。
9.7Km 2024-02-06
ソウル特別市カンナム区チョンダム洞
清潭(チョンダム)駅交差点からギャラリア百貨店へと続く大通り・清潭ファッション通りは、有名ブランドの店舗が密集しており、ファッションの流行に敏感なファッショニスタがショッピングするエリアとして知られています。ファッション特区として、清潭ファッション通りという公式名称になりました。韓流ブームの追い風により、日本からの観光客の観光コースとしても脚光を浴びています。ファッション通りから少し入った路地には、有名レストランも軒を連ねています。セレクトショップやギャラリーもあり、ショッピングと文化を同時に楽しむことができる場所として親しまれています。
9.7Km 2022-09-21
ソウル特別市トンジャク区ヨイデバンロ20ギル33
ポラメ公園内にある「ポラメ安全体験館」は、「安全なソウル」の実現を目標とした総合災難体験ができるよう、様々な専門体験の過程を運営し、災難時に市民が対応できることを目指した施設です。
自然災害や人為災害など各種災害や災難の状況を市民が直接体験をしたり、現場経験が豊富な現職の消防官たちから災難時の安全の重要性についての経験談が聞けたりする韓国内最高の災難安全総合体験館です。
9.7Km 2021-07-30
ソウル特別市 城北区 花郎路32キル146-20
懿陵(ウィルン)は朝鮮20代王・景宗とその継妃、宣懿王后の陵です。景宗は粛宗と禧嬪張氏の長男で、幼いころから身体が弱く王位について4年後に治績(政治的な業績)を残せないままこの世を去りました。
宣懿王后は1718年に皇太子の妻となり、1720年に景宗が即位すると王妃となりました。記録によると彼女は全ての事柄に慎重で温和な性格だったと言われています。
一般的に双陵は左右に造られますが、懿陵は王と王妃の墓を前後に配置した陵です。このような配置形式には風水地理的な理由があり、自然の地形を破壊せずに陵を造ろうとする韓国民俗の自然観が現れています。